オーラソーマの歴史
オーラソーマの歴史
オーラソーマ・カラーケアシステムの最初のボトルは、
1983年イギリス人のヴィッキー・ウォールという
盲目の女性が瞑想中に
わが子よ 水を分けなさい
という啓示(メッセージ)を受け取った事により誕生しました。
☆ヴィッキー・ウォール女史
ヴィッキーは、聖書の神秘的側面を重視する深いユダヤ教、ハシディズム派を
信仰するウォール家の7番目の子供のそのまた7番目の子として生まれました。
幼少時から、人並み外れた直感をもち、身体から発せられる霊的なエネルギー、
オーラが見えたり、手も触れずに病気を治してしまう不思議な力があったようです。
父親が、カバラ(ユダヤ神秘学)とゾハール(ヘブライ神秘主義)の教師であった
ことから、植物がどんな症状によいのか、薬物に関する知識、そして自然療法を
様々な手法で教えられ、身につけていきます。
ヴィッキーの人生は、順風満帆とはいえず、生後6ヶ月の時に母親を亡くし、
その後継母と折り合いが悪く、16歳で家を出る決意をします。
ハシディズムの教えにより、生涯、愛する父親と会うことはなかったそうです。
家を出た後、父親から習った様々な方法を復習し、植物とハーブの知識と才能を
活かして、薬剤師として、薬やクリームの配合の仕方を覚えていきました。
のちにキロポディスト(足のケア専門家)としてクリニックを開業します。
しかし、その後も常に波瀾万丈でした。
戦争を体験し、多くの人々が傷つく姿を見ました。
また、土地のトラブルにも遭い、全財産を失いました。
心臓が弱く、日常生活での制約も多くありました。
3度にも及ぶ臨死体験を通して、彼女は人に奉仕するために死の淵からこの世に
取り戻されたと悟ります。
様々な事が起こっても、常に前向きに、与えられた使命に努力し続ける女性でした。
そんな中、66歳の時、糖尿病が引き金となり、失明してしまい、クリニックも
続ける事ができなくなりました。
☆最初のボトルの誕生
友人に誘われ、ある大きな大会へ、化粧品を出展することを決意します。
大きなプレシャーと、締切が一週間に迫る中、自分への安らぎと新しい
エネルギーを求め、瞑想していたヴィッキーに小さな声がやってきました。
・・・わが子よ、水を分けなさい
このメッセージは、3日続き、意味のわからないまま、何かに導かれるように
3日目に無心でつくられたものが、最初のボトルの誕生となりました。
そのボトルは、ヴィッキーの意図や計画がなかった為、当初は何の為のものか
わからなかったようです。
☆ボトルの発展
大会や展示で陳列しているうちに、様々な人がボトルに惹かれ、そのボトルを
欲しいと言い始めました。
そして、そのボトルを使う事で、いろいろなヒーリングが起こることが、報告
されていきます。
また、幼少からオーラを見ることができたヴィッキーは、自分のオーラの色に
合ったボトルを選ぶことにも気付いていきます。
最初のボトルが誕生した年に、現在の後継者であるマイク・ブースと展示会で
出会います。
ヴィッキーと同じようにサイキックな能力を持っていた彼は、オーラソーマに
魅了され、その後彼女と協力してオーラソーマの研究に携わるようになります。
彼らはしっかりとした科学的知識の研究のため正式な組織を創設しました。
- なぜ人々は特定のボトルを選ぶのか?
- それを身近に置くことで、ボトルはその人たちにどんな影響を及ぼすのか?
- ボトルを使用した人々の人生はどう変化したのか…?
数年という短期間のうちに、この科学的アプローチはそれらのすべての疑問と
それ以上のことに対する解答を得ました。
絶対の確信を持って、ヴィッキーは「色はそれ自体の言葉を語っている」という
仮定を検証することができたのです。
また、オーラソーマが、カバラの「生命の木」やタロットカード、数秘学
(ヌメロロジー)、占星学(アストロロジー)、中国の易など、さまざまな
古代の叡智とつながりがあるということが、だんだんとわかってきました。
最初のボトルの誕生時にわからなかった十分な意味と枠組みが宝物として
次々と明らかになっていきます。
また、それらは、今も明らかになり続けています。
ヴィッキーの体験と様々な方の報告と共に古代叡知と繋がって、オーラソーマ・
カラーケアシステムの体系とトレーニングシステムができていきました。
ヴィッキーは、ボトルを「古いワイン」と言いました。
古い叡知が、今日という新しい時代のために、新しボトルという形でもたらされ
たと・・
そして、オーラソーマは、生きている、成長しているシステムです。
☆マイク・ブースへの引き継ぎ
マイク・ブースもまた幼い頃から、透視などができる母親のもとで生まれ育ち
自然にテレパシックなコミュニケーションが出来たりするサイキックでもあり
ました。
ヴィッキーとマイクが出会った時、既に28本のボトルがありましたが、
マイクは44本目の誕生から直接関わっていきます。
1991年にヴィッキーは77番目のボトルを最後に他界しました。
共に携わってきたマイクが後継者となり、更に自然療法、神智学、仏教、
ホメオパシー(同種療法)などの知識が加えられ発展していきました。
人々が受け取れる準備ができた時、必要なボトルは誕生しています。
最近では、2012年5月に111本目のボトルが誕生しています。
ヴィッキーの遺志を引き継ぎ、研究・発展が続けられているオーラソーマは
世界60ヵ国に愛好者を持ち、欧米を中心に人気をよんでいます。
日本では、1993年よりコースの開催などで普及が始まり、今に至っています。
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